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■平成28年3月27日/名島運動公園/開始9時
〈第1試合〉
○N.ライオンズ 5×ー4 早良区LOVE●


SL:201 000 1ill : 4
NL:000 030 2× : 5

【勝利投手】美澤 1勝
○美澤ー高橋

【勝利打点】美澤 2


【経過】
2016年3月27日。NL史上最も長い1日、そして、最も感動的で感傷的な、熱い1日が始まる。
NL最強の5番打者として君臨し続けた樋口嘉孝。背番号27がこの日、遂にNLラストマッチを迎える。
最期の戦いに選んだ2試合。その相手が前年のパブリックリーグ準優勝チーム、そして、優勝チーム。
いずれも昨年、NLが苦杯を嘗めさせられてきた強豪2チームだ。
偉大なるNLの主砲の有終の美の花道を飾る上で、勝つには最も至難の選択をした。無謀……そんな声も聴こえてくる。しかし、NLがここ一番で見せる“心の野球”で勝利を飾り、樋口を快く送り出してあげたい。また、チーム全体でそれを成し遂げたい。

そしてこの日も前回同様、樋口の地元・相模原市の施設にはヒトミママン、シモミグランマを筆頭に、小、中学校の恩師や同級生、野球部の先輩、後輩、近所のみなさんが大集結した。人情味溢れる樋口の人柄が滲み出る光景だ。当然のように、この日も試合の一部始終をNLケーブルTVにてLIVE中継。余すところなく、樋口の勇姿をその目に焼き付けろ!

公民館.jpeg



この日は前日の雨も上がり、これ以上ない絶好の野球日和となった。ウォーミングアップを終えた選手にスターティングラインナップが告げられる。
当然のように樋口には、『5番レフト』が告げられた。
しかしこの日はすでに、NLの屋台骨を支える2選手の欠場が発表されている。NLの2大キャッチャー、翔平ちゃんと中津だ。この大一番を迎えるにあたり、この欠場は命取りだ。しかし長いシーズン、両選手の体調を考慮すると、序盤戦のこの時期の決断が正解だったと思いたい。

そんな矢先、ラストゲームの樋口が監督室を訪れ、自らのキャッチャー出場を志願。今でこそ外野コンバート成功で草野球界を代表するスラッガーに成長した樋口であるが、元々は捕手としての下地があり、誰よりも拘りがある。そんな熱い思いと、NLの窮地を救いたい思いを胸に進言するが、このゲームに懸ける指揮官の熱い構想を聞かされ、翻意する。監督室から出て来た樋口の顔には、“絶対に負けられない!”という固い決意と、予想以上の指揮官の熱い思いを感じ取り、またもや涙する。

では一体、誰がこの日の司令塔を務めるのか……。指揮官は高橋を呼び、この日2試合のスタメン捕手起用を伝える。「えっ!マジすか!」あまりの嬉しさに動揺し挙動不審になるものの、慌てて自前のミット、マスク、プロテクターを用意に走る。高校球界から名捕手として名を馳せ、鳴り物入りでNL入団を果たすも、これまで厚いNLの捕手層に埋もれ、“第3の男”として打撃に専念していた高橋にとって、思わぬヘッドハンティングだ。この晴れの

大一番に気持ちが高まり過ぎて燃え尽きぬよう、当日試合開始直前に本人へ通達する辺り、指揮官のしたたかさが窺える。
第1試合の相手は、前年のリーグ準優勝チーム“前門の虎”早良区LOVE。
昨年はプレーオフ・セミファイナルで死闘を演じ、引き分けという事実上の敗北を喫した相手だ。樋口のラストを飾るには、まずはこの難敵を倒さなければならない。
そんな大事なゲームの先発マウンドに上がったのは、重厚なシルエット、NLレジェンド・エースにして不動の4番打者でもある、美澤だ!
近年は若手投手陣の指導と育成に徹し、一歩引いた状況で打撃に専念していた美澤だが、この大一番にして“大魔神復活”を果たし、強力相手打線に立ちはだかる。
が、しかし、そんな美澤の出鼻を挫くかのように、味方の守備にミスが起こる。元凶はファーストで先発出場のモーリスだ!
何でもない捕球機会で2ポロ。まさに季節外れのポロリ大会に、場内落胆のため息。そして、味方守備陣からは大ブーイングではない、温かくも厳しい叱咤激励だ。「交代だ~」「下がれ~」「辞めろ~」」
早くもテンパり気味のモーリス。パイセンの花道、そしてレジェンドの復活劇に泥を塗るかのように、この回早くも重い2失点だ。

1回裏、先頭に据えたのは、悩める核弾頭・久保。温情采配ではない。指揮官の期待と、裏付けがあってこその1番起用だ。
しかし、ここは三振を喫し、後続も打ち取られて無得点。
当然、NL戦という事で、相手先発投手もエース級が登板する。気合いの投球だ。そう簡単には攻略の糸口が見えない。
2回には4番・美澤が度肝を抜く当たりのレフトオーバーで出塁し、一際大きな声援を背に樋口が打席へ。眩いくらいのフラッシュの嵐の中、力ある投球に詰まったショートフライに倒れる。後続も倒れ無得点。

しかし、2回以降は美澤ー高橋の、よ~く見りゃ義兄弟バッテリーが踏ん張りを見せる。
3回に1点を失うも、鬼気迫る投球で主導権を完全には渡さない。
バックも流れを引き寄せる。レフトの小田は、データに裏打ちされた勘ピューターで相手打者の打球方向を解析。「あっ、やられた!」という当たりを、何の苦労もなく、動く事なくキャッチ。え?そこに居たの?という小田のポジショニングで、相手打線の攻撃の芽を摘み取っていく。
さらに5回にはレフト樋口が魅せた!強振された打球がレフトスタンドめがけ高い弾道で飛んでいく。
『越えた!」
誰もが長打を予測するも、最後まで諦めない樋口が背走し最後は転倒しながらもナイスキャッチ。
死んでも離さない、とばかりに捕球したグラブを突き上げる大ファインプレーで場内大歓声に包まれた。
内野では職人技が光る。サードに入った松永は、再三の痛烈なゴロをことごとくカット。絶対に三塁線は抜かせない、とばかりに、今日もそのニヒルな笑顔が眩しいばかりだ。

3点ビハインドとはいえ、度重なる好守備で完全に流れを呼び込んできた。これがまさに、NL野球の真骨頂だ!
ゲームも終盤に差し掛かる5回。3点を追いかける攻撃前。ここで1点でも返していかないと益々苦しくなる。円陣の声出しはもちろん樋口。金銭などは発生しない、清い役回りだ。樋口が叫んだ。「3点取るぞ~!」同点かい!。

この声出しがNL伝説の始まりとなる。
まさに言霊となって遂に眠れる獅子が目を覚ます。樋口の号令により、NL打線が集中打で猛反撃だ。
先頭の此上が、“ザ・コノ~”というべきキレイな流し打ちでレフト線へポトリ。
続く松永の洞察力は天才の域を超える。やるべき事はわかっている。バウンドの大きなサードゴロでランナーは進塁。得点圏に進めて、相手投手にプレッシャーをかける。ここで迎えるは4番・美澤。もはや手がつけられない怪物の登場に、球場の空気が一変する。
狙いすました打球は、ありえない角度で左中間を襲うタイムリーツーベース。遂に1点を返した。
続く樋口。もはや涙で霞んで投球が見えない。しかし、気力で打球を転がすと、ショートへの進塁打となる。大きい当たりだけじゃない。コツコツとチームプレーに徹する姿を見せる樋口だからこそ、誰からも愛され続けてきた。そんな姿に誰もがスイッチを入れたはずだ。
続く打席に、樋口とは公私共々わかち合った盟友・安井が入る。普段は本音をひた隠し、ムードメーカーに徹する男の目が、マジだ。
打球は鋭くセンター前へ抜けるタイムリーヒット。1点差に詰め寄った!

なおも高橋。ショートへの痛烈なゴロで一塁セーフをもぎ取る。気持ちで繋いだ!そして、モーリス。初回の2ポロを取り返せ!ここは持ち味の長打で一気に同点、逆転へと持ち込みたい。脳裏にはパイセン樋口との思い出が蘇る。
自慢の毛虫でコピー機を詰まらせた事。
業務引き継ぎ中に躊躇なく屁をこいた事。
全てが美しい思い出だ。さあ、美しい一打で、パイセンの花道を飾ってやれ、モーリス!
そんな矢先、いきなりのワイルドピッチ。難なく三塁ランナーがホームイン!同点劇に湧くNLベンチ。あまりのあっけ無さに、打席でキョトン顔のモーリス。遂にこの回、同点に追いつき、樋口の「3点取るぞ-!」が実現した!
一気にNLナインのモチベーションが上がる。ゲームは振り出しに戻った。

さあ、残り2イニング、死力を尽くしての勝負だ!
6回表も無得点に抑えた美澤。いいぞ!あの頃のピッチングが蘇ってきたぞ!
その裏、相手投手も最後の力を振り絞り、ギアを上げていく。あっさり2死を奪われたが、打席には岸本。最終回の打順を考えれば、絶対に3人で終わりたくない。そんなプレッシャーも何のその。もはや策士の頭の中には、最終回のシナリオまで出来上がっている。痛烈な打球がサードを弾き内野安打。やはり出塁した!
ここで、深マックス。最終回の打者を考えれば、やる事はひとつ。できるだけ投手に投げさせておいてからの…自害。
三振に倒れたが、誰もが称賛の拍手だ。さすがベテラン。やる事はわかっている。

しかし、最終回に予想外のアクシデント発生。この回を0に抑えて……というシナリオに異変が起きる。相手打線の執念の前に、土壇場での勝ち越し点を許す
。だが、誰もあきらめてない!

「何とかなる気がする」

そう言葉にしたのは松永だったが全てのメンバーが同じ思いだった。
樋口の為に。樋口を最高の形で送り出したい。チーム一丸の思いは勝利に直結する。これは必然だ。
1点を追う最終回。前の回の綿密な仕込み具合が、この回生きてくる。好打順だ。最後の円陣で樋口が声を裏返らせながらも絶叫する。

「絶対に2点取るぞ-!」

先頭は、この日からNL正式入団を果たした、松ジュン。すでに栄光の背番号8が内定し、期待の高さが窺える。とにかく出塁しかない!
相手バッテリーも嗅覚で、松ジュンの素材を警戒している。徹底した内角攻めだ。しかし、僅かに手元が狂ったか、
「ぼぉふぅっっ…」という音と共に背中へのデッドボールとなった。
そんなに野球が好きなのか!?松ジュンの体のパーツも、ビヨンドのウレタン素材で出来ているかのような鮮やかな効果音を響かせ、痛みをこらえながら一塁へと走る。痛い。しかし、本当に痛いのは相手投手の方だ。ノーアウトランナー一塁。同点のランナーが松ジュン。
いかに俊足とはいえ、この場面でスタートを切れるのか。度重なる牽制で松ジュンにプレッシャーがかかる。それでもスタートだ!
投手のクイックも速い。捕手からの二塁送球も完璧だ。ヤバイ!が、しかし、松ジュンのスライディングの足が僅かに先にベースに到達し、紙一重の間一髪セーフ!盗塁成功だ。痺れる場面で決めた。さすがはNL推薦入学の男だ。

ノーアウト二塁。
同点のランナーを置いて、久保が打席へ。送りバントか!?しかし、カウント2ストライクまで追い込まれ、続く投球で三振を喫してしまう。
誰もがエアポケットに陥った瞬間、捕手が僅かに投球をこぼした一瞬の隙を突いて、久保が猛然と一塁へ走り出した。振り逃げだ!
呆気にとられる間に久保は一塁ベース上へ。野球ルールの隅から隅までを知り尽くす男・久保が魅せた好判断で、ノーアウト一、二塁。
同点どころか、一気にサヨナラのランナーまで出た。しかも俊足の二人だ。願ってもない絶好の場面で、打席には此上。何でもできるテクニシャン。
やる事はひとつ。ここで送りバントだ。確実に打球を殺し、成功させた。さすがだ、コノ~~!

ここでNLが誇る強力クリーンアップへ。3番松永、4番美澤、5番樋口へと繋がる、これ以上ない打順だ。
颯爽と松永が打席へ。雰囲気ありあり。無理もない。入団以来、常に首位打者争いに絡み続けるチーム1、希代のヒットメーカーだ。
安打を打つ事に関しては、右に出る者などいない。そんな松永の当たりはサード正面への緩やかなゴロだ。ゴロゴースタートの松ジュンの勢いが凄まじい。サードが慌てて捕球するも、ジャックルして手に付かない。その間に松ジュンが万歳しながら同点のホームイン!土壇場での同点劇だ。
ベンチ総出で飛び出し、生還した松ジュンに群がる。もはや、同点引き分けで終われるわけがない。

全員ベンチから身を乗り出し、大声援を送る。1死2、3塁。ここで、一番頼りになるから4番に座ってる。
しかも今、一番出がつけられない好調の美澤がゆっくりと打席へ。
2014.4/27にこの球場で同カードでサヨナラ打を放っている。
相手にとってはこれ以上ないプレッシャー。
1塁は空いている。相手キャッチャーが外に構えて初球は大きく外れる。敬遠か?!。やはり、というべきか、セオリー通り勝負を避けて塁を埋める作戦のようだ。
しかし、あくまでもコースギリギリを狙って、勝負しつつも歩かせる態勢だ。
少しでもストライクゾーンに入れば、美澤のバットがアジャストする。究極の緊張感の中、2ボールからの3球目、美澤が鋭いスイングで外角高めの投球を被せにかかり、紙一重のファウルとなる。どよめく場内。あと数ミリ、内に入っていれば……。ネクストでは樋口が待ち構える。
もはや、どこで勝負するか。とてつもなく張り詰めた空気の中、3ボール1ストライクからの5球目。絶対に甘いコースには投げられないプレッシャーが手元を狂わせたか、投球は構えたミットを外れ、ボールが転々。
どうだ!?ちょっと近いか……。
が、しかし、三塁ランナーの久保は、何の躊躇もなくホームへ突入だ!キャッチャーがボールを掴み、ホームで刺しに行くも、久保の怒濤のヘッドスライディングが僅かに先にベースタッチだ。サヨナラだ!!ベンチから全選手が飛び出し、歓喜の輪が何重にも出来上がる。生還した久保、四球として一塁到達した美澤、ネクストの樋口はぐちゃぐちゃに押し潰されている。見事な、最終回逆転サヨナラ勝利を決めた~~~~!!!
「絶対に2点取るぞ-!」がまたもや現実となった!樋口の言霊は本物だ!

樋口ラストゲームの1試合目に、とんでもない展開を繰り広げたNLナイン。今日だけは、意地でも負けられない!という思いが、とてつもない集中力になっている。
余韻に浸る間もなく、早々にベンチを引き揚げたNLナインは、第2試合の開催地である本拠地・駕与丁へ向かった。


■駕与丁N.ライオンズ球場/開始12時
〈第2試合〉
○N.ライオンズ 6ー4 INODEN●

NL:210 000 3 : 6
I D:010 021 0 : 4

【勝利投手】此上 2勝
○此上ー高橋

【勝利打点】美澤 3

【経過】
劇的な逆転サヨナラ勝ちの興奮冷めやらぬ中、続く第2試合を迎える。
次は“後門の狼”INODEN。昨年のパブリックリーグ王者が相手だ。

本拠地駕与丁N.ライオンズ球場のグラウンドに入ると、樋口の表情を『NL情熱プロフェッショナルヒストリー』ドキュメンタリー取材班のカメラが追う。いつもと変わらぬ笑顔で取材スタッフや、群がるファンに接する樋口。しかしその胸の内はすでに感傷の涙で一杯だ。

樋口背むき.psd

試合前、スタメンが発表された時点でまたまた、どよめきが起きる。正真正銘のラストゲームとなる樋口の、1番レフトでの出場が決まった。
この起用はもちろん、1打席でも多くNL魂を刻んでほしい。という首脳陣の配慮からくるものだが、これが結果的にゲームの流れを左右する事になろうとは、この時点ではまだ誰も想像もしていなかった。

さすがに第1試合で“燃え尽き症候群”となりつつあったNLナインに“喝”を入れたのは、最後の声出しを務めた樋口だった。
円陣を組み、さあ、最後に気合いの一撃をぶちかましてくれ!
「1点取るぞー!」

早速1回表、その樋口が打席に入る。最後にあの、超ド級のウルトラホームランが見たい。誰もが願うは一つだ。そんな期待を痛いほどわかっている樋口が狙いを定め、フルスイングした打球はまさかのサードゴロ。しかし、魂の一打に凡打は似合わない。当然のようにサードを弾き飛ばし、「これぞ、樋口!」という強襲ヒットで魅せてくれた!
沸き上がるNLベンチ。今までこのバッティングでNLを勇気づけてきた。そんな当たりだった。

ノーアウト一塁。続くはどんな打順でも対応できる、首脳陣の高い評価を得る安井。2番に入った意図を、痛いほどに理解している優等生は、タダで送るはずなどない。
バントの構えを見せるも、完全に自分も生きようとするセーフティーだ。うまく転がり過ぎて、焦った三塁手の悪送球を誘い、安井は堂々の内野安打。しかし、注目は樋口だ。巨体を揺すりながら三塁を蹴ると、一気にホームへと突入。思い残す事なく激走した樋口が捕手のタッチをかいくぐりホームイン!第1試合逆転サヨナラ勝ちの勢いそのままに、勢いで先制点を叩き出した。

さらに3番は松永。これぞ“ザ・マツナガ”な当たりがライト前へ飛んで行く。落ちた。ヒットだ!
怒濤の3連打に続き、4番・美澤が貫禄の四球を選ぶ。押せ押せムードの中、この日、ノリに乗ってる男が打席へ向かう。ライフワークの捕手として連続スタメン出場の高橋だ。この重要な打順に据える指揮官の、高橋への打者としての期待の高さも窺えるだろう。さあ、迷いなく、行け、高橋!
そんな期待の詰まりに詰まった打球は、内外野、セカンド、ショート、センター、ライト……誰が取るんだコノヤロー的な位置に、正確に飛んでいく。よっしゃ~案の定、フィールド上にうまく落ちた!高橋の、結果センター前タイムリーで2点目を挙げ、幸先良く2点を先制だ。

初回の先制攻撃で出鼻を挫いたNLは、満を持して左腕エース・此上を先発マウンドに上げる。もはや、昨年のプレーオフ準決勝で先発し、1死も奪えぬまま降板した時の此上ではない。今や、名実共にNLのエースとして君臨し、“ザ・コノ~”と呼べるピッチングを披露してくれるはずだ!
こちらも首脳陣が固唾を飲んで、いや、しかし、余裕の表情で見つめる。それだけ今の此上に対する期待の高さがわかるだろう!
そんな立ち上がりの初回。2点のリードを守りに行く事なく、攻めの投球で強力相手打線を無得点に抑える。やはり、ここ一番では、コノ~!のピッチングが光を放つ。

すると2回、またもやNLの攻勢が始まる。
先頭の此上が、痛烈に引っ張って一、二塁間に持っていく。抜けようかという当たりをセカンドが回り込んで追いつくも、一塁へは投げられない。
内野安打だ。すかさず此上は二盗成功。投手としてのペース配分も何のその、果敢に先の塁を陥れる。そして、吉武だ。ここまでノーヒット。
逆に恐ろしい。狙ってる。やはり、出た!打球はいつもの左中間へ。手応え十分だ。が、しかし、この日の風は凄まじい。外野からホーム方向への暴風とも呼べる逆風にさらされ、押し戻されたセンターフライとなる。
「打球を上げたら、ダメだ!」
指揮官から各打者へ通達される。小田の四球を経てランナー一、二塁。迎えるは、MAX充電完了した深マックス。こんな時こそ、一番頼りになるバッターだ。
思い起こせば10年前。この地に存在した旧・駕与丁グランドで、「いつか、この練習がチームのためになる!」と信じ続け、日の出前の早朝からティーバッティングを繰り返した日々が、走馬灯のように蘇る。あの時の白球が、来た!深マックスが一球に懸けたスイングは見事にアジャストし、これぞ、“ザ・マグ~!”な右中間への痛烈なライナーとなった。この日一番のどよめき、そして歓声がNLベンチから沸き起こる。
貴重な、きちょ~~~~なタイムリーだ。二塁から此上がホームイン、そして、深マックス入魂の一打に、同じベテランとして涙腺が弛みつつ小田が三塁を蹴ってホームへと激走。相手守備の的確なカットプレーにより、僅かにタッチアウトとなるも、“特別な1日”に懸けるNLナインの執念が、追加点を演出した。

しかし、あくまでもリードは3点だ。強力相手打線を考えれば、決してセーフティーではない。守りに入ってはいけない!
そんな闘志が、此上の左腕から伝わってくる。この日はどの球種でも堂々と勝負できる。やるじゃん、コノ~~~!
目覚めた相手強力打線の連打に遭い1点を返されなお、2死満塁の大ピンチ。しかし、この日のバッテリーは勝算あり、の大勝負に出た。
フルカウント。打者はストレート一本待ち。キャッチャー高橋が大きなゼスチャーで叫ぶ。
「全部止めますから、思いっきり腕振って投げて下さい!」

そして、バッテリーが選択したのは、秘技・チェンジアップだ!
見事なまでにスピードを殺し、そして、驚愕の落差で高橋のミットに吸い込まれていく。空振り三振を奪い、相手に主導権を渡さない。
これぞ、NLのエースと呼べるピッチングだ!
2点リードを保ったまま、ここから中盤戦は両投手の好投で我慢比べに入る。

ラストが近づく樋口も三振に斬って取られるほど、相手投手も素晴らしい投球を見せる。
NLバッテリーも凄い。何と言っても高橋の“フン闘”だ。身を呈して、此上の投球を受け続け、不規則なバウンドも全て体に当てて前に弾く。
これなら此上も安心して放れる。 前に、前に。そして、身を呈して、踏ん張り続ける。と、ここでベンチへ戻ってきた高橋にアクシデント発生。「ふ、踏ん張りすぎて、ゆるいリトルタカハシが漏れそうです……。半分、出て来てます……」

顔面蒼白で、首脳陣に進言すると、トイレへ一目散に駆け込む。すぐに守備へとならないよう、打線が粘りに粘って、高橋の戻りを待つ。
半分、スッキリした顔で高橋がベンチに。「まだ少し、残してます。ウン(運)を使い果たさないためにも……」。チームのため、そして樋口の花道を飾るために、己の身体を犠牲にしてまで……。しかし、残した“運”が、最後の最後で実を結ぶ結果になろうとは、この段階でまだ誰も予測もできていない。

そんなNLベンチの想いも束の間、5回に突如、相手打線が爆発する。なんだかんだで、一気に2点を奪われ、遂に同点に追い付かれてしまう。
やはり昨年の王者チームの集中力は凄まじい。樋口のラストゲームに相応しい、白熱の好勝負となってきた。

6回、吉武が四球で出塁するも、後続が倒れ無得点。相手ピッチャーも回を追うごとにギアを上げ続ける。
同点のまま6回裏、先に相手チームの執念が上回る。集中打を決められ痛恨の勝ち越し点を奪われた挙げ句、なおも得点圏。
先発・此上のスタミナも危うい。ここまで精神力で投げ抜いてきたが、そろそろ限界に差し掛かっている。ビッグイニングを作られたら、万事休す。
しかし、ベンチの首脳陣は微動だにしない。心中覚悟だ。継投は、ない。意気に感じた此上が、最後の力を振り絞って投じたチェンジアップが揺れて、落ちた!捕球した高橋が身震いし、小躍りしてベンチへ戻って来るほどの快心の一球だ!空振り三振を奪い、崩れかけたゲーム展開を見事に脱した。
伝家の宝刀を抜き、最後の最後までゲームを捨てない執念を見せる。
この投球が、傾きかけた流れを止め、そして呼び戻した。

7回表、樋口、正真正銘のNLラストイニング。ベンチ前の輪の中心には樋口。NL最後の樋口の言霊が響き渡る。
「2点取るぞ-!」

負けたくない。引き分けもいらない。樋口の声出しは100%実現している!絶対に勝てる!
誰もあきらめていない!そんな想いを一斉に集め、先頭打者として回ってきた樋口が打席に向かう。なんという演出だ。これぞまさに、筋書きのないドラマだ!
もはや涙に暮れる樋口ではない。NLの主砲として君臨し続けた樋口の鋭い眼光。
そして鋭いスイング!
NLデビュー初打席はここ駕与丁でライトオーバーのタイムリー2ベース。そして最後の打席も得意の右方向へ!このコースは長打だ!ライト線を襲った樋口のツーベースヒットでノーアウト二塁。このゲーム、ヒットは2回深マックスのタイムリー以来、5イニングスぶり。最後の最後、執念で飛び出した一打に、ベンチが一斉に盛り上がる。

続く安井。初球に送りバントを見せ、ファウル。なんとしてもランナーを進めたい、安井の執念だ。この想いがフォアボールを生む。ノーアウト一、二塁だ。ここからクリーンアップへと繋がる。松永、美澤、モーリス、高橋……ここからは願ってもない、長距離砲揃い踏みだ。
まずは松永。三振を狙う相手バッテリーだが、バットコントロールに関してはNL、いや、草野球界屈指の猛者だ。際どい球をことごとくカットし、最後は“送りバント的”なサードゴロで繋ぐ。派手さはないが、ボディーブローのように相手バッテリーを追い詰めていく。

そして、美澤だ。塁上の樋口とはNLの4番争いを演じ、よきライバルとして苦楽を共にしてきた。美澤が弟のように樋口を可愛がれば、樋口も「凄すぎて、あの人は超えられない厚い壁」と美澤を慕った。そんな熱い関係もこのゲームで終焉を迎える。最後の花道として走者・樋口を迎え入れれば、土壇場で同点に追いつく。
が、しかし、NL不動の4番として君臨してきた美澤が、それだけで終わらせるわけがなかった。今季、ここまで打ち損じすらなく、文字通り、手がつけられない状態の美澤が放った究極の一打は、痛烈に右中間を襲う大飛球だ。NLベンチから選手全員が飛び出した!まずは樋口がホームインし同点。そして、スピードスター安井が、“ゼニを生む”走塁で三塁を蹴り、一気にホームイン。逆転だ!!!

土壇場で出た美澤の、起死回生逆転2点タイムリーツーベースで、ゲームをひっくり返した!!
これが、NLの底力!樋口の言霊だ!見えない強大な力が後押しし、この日2試合続けての最終回での逆転劇だ。
なおも、打席にはモーリス。なぜ5番にこの男なのか。誰もがわかっている。後継者として誰からも認められる存在になる為に。自身が入社した途端にコピー機がすぐに詰まるという謎の呪縛を解き放つかのように鋭い当たりはレフト前へ。まだまだ押せ押せだ。樋口のラストゲームをいつまでも終わらせたくない。そんな想いがNL打線に乗り移ったかのように、さらに追加点の場面だ。

打席で久保が粘る。もう打順は回って来ないだろう樋口の胸に熱いものが込み上げてくる。久保の粘りが相手投手の焦りを誘い、ワイルドピッチとなる。三塁ランナーがホームインし、さらにリードを広げた。

2点リードを受け、ラストイニングも此上がマウンドへ上がる。守護神・安井、番人・久保、大魔人・美澤……
NLが誇るリリーフ陣も全くブルペンで投球練習はしていない。本当に、此上との心中だ!
大一番での登板で、すでに気力、体力、精神力ともに限界点を超えた此上だが、最後まで崩れない。むしろ、最終回の投球で完全に覚醒。強力相手打線を無得点に抑え、大激戦に終止符を打った。

と、同時に、樋口のラストゲームにも終わりが告げられてしまった。メンバーと勝利を分かち合い、そして、記念撮影、そして、胴上げされる。
重い………。
この重さが、NL打線を牽引してきた証しだ。

総てが終わり、グランドに一礼し、球場を後にする。劇的な運命だった。
この球場でNLと出逢い、そして、この球場で、NLラストゲームの幕を降ろした。
樋口嘉孝、栄光の永久欠番、背番号27。愚直なまでに“NL愛”を貫き通し、誰からも愛された男。その姿は無くなっても、いつまでもNLのメンバーとして、心の奥底で輝き続けるだろう。
そして、何かの拍子に戻って来れる時には、またその勇姿を見せてNLに力を貸してくれるはずだ。

みんな樋口が大好きだ!


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